デス・オーバチュア
第222話「メイド(マルクト)弄り」




マルクト・サンダルフォンの朝は早い。
別の大陸に居た頃から、仲間達の世話を自主的にメイドのように焼いていたため、誰よりも早く起きるのが彼女の習慣になっていた。
曙……ほのかに明るんでいる夜空の下、マルクトは愛刀である天降剣『凛』の刃を眺めている。
「…………」
彼女が着ているのはいつもの露出の殆どない正当なメイド服ではなく、白い上衣と黒い袴だった。
ちなみに靴はいつもと同じ、履き古した黒いブーツである。
「やはり……一度、ルーファス様に……」
天降剣の刃は、マルクトの天使の力による酷使によって『限界』が近づいていた。
制作者であるルーファスに見てもらった方がいい気はするのだが、そこまで迷惑かけるも申し訳ないような……。
そんなことを考えながら、マルクトは天降剣を鞘に収めた。
「あら、早起きね」
城の中から一人の少女が出てくる。
年の頃は十五歳ぐらいだろうか、暗い深紫の着物は裾が長く足下まであり、歩くたびに揺れる長い振袖が可愛らしかった。
その上に、両肩と裾にフリルのついたメイドのような白いエプロンを羽織り、頭部にも同じくメイドのような白いヘッドドレスをしている。
腹部には、黒い太帯が巻き付いてエプロンごと着物を締めていた。
歩く度に乱れた裾からチラリと覗く両足は、着物には恐ろしく不似合いな銀色の足甲(具足)である。
淡い金色の髪は柔らかくボリュームがあり、余裕で腰までの長さがあった。
耳下で巻かれた黒いリボンによって束ねられた二房(左右)の髪が、胸の辺りまで垂れ下がっている。
前髪はとても長く、左目は髪で覆われて隠されており、右目だけが静謐な青い輝きを放っていた。
「……月黄泉(つくよみ)……さん?」
「月黄泉でいいわ。自分より年下にしか見えない相手をさん付けするのは嫌でしょう?」
月黄泉……昨日、虚空城に着いた時に紹介された三人のうちの一人である。
紹介と言っても、お得意様だとかなんとか……『知人』だということぐらいしかコクマは説明してくれなかった。
クリア国の貴族であるダイヤモンド・クリア・エンジェリックや、コクマの拾って育てた黄金竜のエアリスと違って、素性や肩書きを教わっていないので、三人の中で一番得体が知れない人物である。
「ん〜」
月黄泉は、袖口から出した銀色の『両手』の具合を確かめかのように、指を握ったり開いたり、手首を振ったりしていた。
銀色の両手はやけに柔軟に繊細に動いているが、おそらく手甲(籠手)なのだろう。
「ねえ、少し一緒に運動しません?」
組んだ両手を伸ばしながら、青き右目がマルクトに視線を向けた。
「運動……ですか?」
「そう、軽い運動よ」
答えると同時に、月黄泉は無造作に左手を突きだす。
「くっ!」
二人の間には百メートルぐらいの距離があったが、目に見えない衝撃がマルクトを吹き飛ばした。
吹き飛ばされながらも、マルクトは空中で体勢を立て直す。
「いきなり何をされるんですか!」
そして、マルクトは着地するよりも速く、抜刀した天降剣を振り返り様に斬りつけた。
そこには月黄泉がどうやってか先回りしており、天降剣を左手で容易く弾き返す。
「この手応え……」
殺気も気勢も込めずに加減した一撃だったとはいえ、あまりに簡単に防がれ過ぎだった。
何よりその手応え……交錯した際の感触が、マルクトに籠手の正体を悟らせる。
「神銀鋼製!?」
マルクトは着地と同時に後方へ跳び離れ、間合いをとった。
二人の間に五十メートルほどの距離が生まれる。
「まあ、そんなところよ……」
月黄泉はなぜか、天降剣を弾かれた直後のマルクトの隙を突いてはこなかった。
「それより、少し遊びましょう」
銀色の右手が突きだされ、人差し指が一瞬青く光る。
「くっ!」
マルクトは真横に跳んだ。
一瞬前まで彼女が居た場所を何かが通過し、遙か後方の岩石が破砕される。
「フフフッ……『人間』にしてはいい動きね」
月黄泉は人差し指だけを立てた右手を、マルクトに向けた。
「ちぃっ!」
指先が青く発光した瞬間、マルクトは天降剣を振り下ろす。
何もない虚空を斬ったはずの天降剣に確かな手応えがあった。
「魔力を指先だけに超集束させて撃ちだした……?」
ハッキリとは見えなかったが、青い光線のようなものをマルクトの目は捉えている。
「あらあら、そんなに警戒しなくても大丈夫よ、あくまで遊び、軽い運動を一緒にしましょうってだけなんだから……」
「…………」
確かに、月黄泉からは殺気や闘志の類は欠片も感じられなかった。
だが、殺気……殺す気などなくても、魔力の一閃が直撃すれば、限りなく人間に近いレベルまで肉体が弱体化している今のマルクトはひとたまりもない。
「……では、参ります!」
宣言と共に、マルクトは一瞬で月黄泉との間合いを詰めた。
月黄泉の懐に潜り込んだマルクトは、そのまま天降剣で彼女の銅を斬り捨てようとする。
「障(しょう)! 縛(ばく)! 穿(せん)!」
突きだされた左掌……正確には掌の前の空間に存在する見えない『盾』に天降剣を弾かれた瞬間、全身を『鎖』で束縛された感覚と、左胸を『杭』で打ち抜かれた衝撃が同時に叩きつけられた。
「があっ!?」
一瞬の金縛りから解放されたマルクトが胸を貫かれたのが錯覚か現実か確認するよりも速く、銀色の左手が彼女の顔面を鷲掴みにして地面へと押し倒す。
顔面を握り潰さんばかりの圧力をかけてくる左掌の隙間越しに、月黄泉の右掌の前に青い小さな光球が生まれるのが見えた。
「核……」
楽しげで優雅な微笑と共に光球が解き放たれ……。
「はい、そこまで」
解き放たれる直前、水色の半透明な剣が月黄泉の右手を叩き落とした。



「痛ぅ……強制的に割って入らなくても、ちゃんと寸止めしたのに……」
月黄泉は、右手(銀色の籠手)の叩かれた部分をさすりながら、青い右目で少し恨めしそうにコクマを睨んでいた。
「とてもそうは見えませんでしたよ……興が乗って『うっかり』殺してしまうところだったんでしょう?」
「…………」
彼女はコクマの指摘を否定しない。
「……そこは否定して欲しかった……です……」
危なく殺されるところだったマルクトは、左胸を押さえて青ざめた表情をしていた。 おさえている左胸は孔(穴)もあいていなければ、血も流れていない。
しかし、心臓を刺し貫かれたような感覚だけはいまだに残っていた。
「…………」
「えっ?」
空に向けて突きだされた月黄泉の右掌の前に、40mm(ミリメートル)程の青い光球が生まれる。
「何を……ううっ!?」
撃ち出された光球は空の彼方で大爆発し、青い太陽と化して曙の空を照らした。
「……そんな……とんでもない威力のものを……私にぶつけるつもりだったのですか……?」
力を失っている今、あんなのを喰らったら、跡形もなく消し飛んだに違いない。
天使の力があった頃でもかなり際どい……一撃でも直撃されたらまず間違いなく致命傷だ。
「ふう、すっきりした……途中で止められると気持ち悪いのよ……ちゃんと最後まで出しちゃわないと……殿方のアレと同じね……」
「アレ?」
月黄泉の言っている意味がマルクトには解らない。
「初心(うぶ)なのね……フフフッ、可愛い……いろいろと教えてあげたくなっちゃうわ……」
月黄泉はとてもマルクトより年下には見えない、熟女のように妖艶な笑みを浮かべていた。
「うっ……?」
マルクトの背中に言いようのない寒気が走る。
「駄目ですよ、月黄泉さん。彼女はあげません」
「あら、もう彼女はあなたの物なの? 残念ね……いいわ、とりあえず本来の仕事で楽しませてもらいましょう」
「ええ、そうしてください」
「仕事?」
「じゃあ、いらっしゃい、マルクト……死ぬほど着飾ってあげるから……フフフッ」
月黄泉は心底楽しげに笑うと、マルクトを招き寄せながら虚空城の中へ消えていった。



「まずは私とお揃いの和(極東)風なメイドファッション〜♪」
リビングルームに虚空城の住人全員が集まっていた。
部屋の真ん中に立たされたマルクトのファッションは今朝の剣道着(白上衣に黒袴)から一変している。
袖と裾の長い無地の着物、その上に白いエプロンドレスを羽織って、頭部には白いヘッドドレスを付けていた。
「ブラックとホワイトのモノトーンでまとめたメイド服……洋(西方)風だろうと和風だろうと貴方にはこのカラーリングが一番が似合う……銀髪もよく映えているわ……」
ソファーに座っている月黄泉が、満足げな表情で語る。
マルクトのファッションをコーディネートしたのは、衣類を持ち込んできたのは彼女だった。
「さらに、オプションとしてこんな物も用意してみたわ」
月黄泉は立ち上がると同時にマルクトの背後に回り込み、彼女の右目を隠す包帯を一瞬で剥ぎ取る。
「ぷっ……侍(サムライ)か……?」
エアリスが失笑した。
包帯を剥ぎ取られたマルクトは右目を晒してはいない。
彼女の右目には、黒い刀の鍔のような物が貼り付けられていた。
「…………」
マルクトは恥ずかしそうに顔を少し赤くしている。
「じゃあ、次は本命〜」
月黄泉はどこからともなく紫紺色のマントを取り出すと、マルクトを包み込んで隠してしまった。
「無難にして王道、シンプル・イズ・ベストなメイド服〜♪」
紫紺色のマントを引き抜くと、手品のように衣装を変えたマルクトが姿を現す。
半袖で膝上までのスカート丈の黒いワンピース、腰には白いフリルのミニエプロン、両肩には大きな肩フリル、襟首から胸上までは白く、紫の大きなリボンが止められていた。
リボンの中心には青い宝石が埋め込まれ輝いている。
右目に張り付いていた鍔は、黒皮の眼帯に代わっていた。
「まあ、和メイドも新鮮でしたけど……やはりこちらの方が似合っていますわね」
ダイヤモンド・クリア・エンジェリックは、ミルクティーに口付けながら感想を述べる。
「あ……あの……月黄泉……」
おずおず(恐れ躊躇いながら)といった感じでマルクトが声を出した。
「ん? なあに、マルクト? この服気に入らない?」
「いえ、そうではないのですが……その……」
「ん?」
「……スカート短すぎませんか?」
マルクトは恥ずかしそうな表情で、スカートの前を両手で押さえている。
確かに、スカート丈は膝よりもかなり上で、派手に動いたり、強風が吹けばめくれて、下着が見えてしまいそうだった。
「ん〜、そうね……」
月黄泉はマルクトを足下からなめるように観察する。
マルクトの足下は、黒のクロスリボンシューズと、シンプルなホワイトソックス(足首を隠す程度のソックス)だった。
「じゃあ、こんな感じ〜?」
紫紺のマントが、マルクトの下半身に絡み付きつく。
マントが引き抜かれると、マルクトの両足にはホワイトのオーバーニーソックスが履かれていた。
「生足の割合が多めなのも良いかなと思ったけど……やっぱり、最近の流行はこっちかしら?」
月黄泉は割と真剣な表情で悩んでいる。
「……あの……その……」
「ん、やっぱり前のソックスの方がいい?」
「いえ、そうではなく……」
「んん? なあに、ハッキリ言っていいわよ」
「靴下が変わっても……恥ずかしいのは変わら……」
「あら、そんなことはないわよ。足の露出度が減ったら安心感も違うでしょう?」
「…………」
靴下の違いがどうこうという理屈よりも、マルクトにとって問題なのは、月黄泉はスカート丈の長さだけは弄る気がないということだった。
「それより、その眼帯どう? さっきの鍔か、包帯の方が逆にお洒落かしら?」
月黄泉の中ではスカートの問題はすでに解決済みのようである。
「これでいいです……それより……せめて……ストッキングかタイツを履かせて……ください……後、靴ももう少し動きやすい物を……」
遠慮がちながら、そこだけは譲れないとばかりにマルクトは懇願した。
「んん〜、そうね、それなら……」
再び、紫紺色のマントがマルクトの下半身に巻き付く。
「こんな感じ?」
マントが引き抜かれると、マルクトのスカートの下は黒タイツと黒い編み上げブーツに変わっていた。
「ちょっと黒の割合が多すぎかしら? やっぱりニーソの方が……」
「いえ! ぜひ、これでお願いします! とてもとても気に入りました!」
戻されては堪らないとばかりに、マルクトはこれが一番良いと必死に主張する。
「そう? まあ、貴方が気に入ったならそれでもいいけど……」
月黄泉はちょっと不満そうだが納得してくれた。
「ふぅ……あ……あの、どうでしょうか、コクマ様?」
こっそり安堵の溜息を吐くと、無言でブラック(何も加えていない珈琲)を飲んでいたコクマに、衣装を見せるように向き直る。
「ええ、とてもよく似合っていますよ」
「有り難うございます!」
マルクトはとても嬉しそうな、幸せそうな笑顔を浮かべた。
前のメイド服より露出が多くて派手で少し恥ずかしい気もするけど、コクマ様が気に入ってくださったならそれでいい。
こうして、マルクト・サンダルフォンの新コスチュームが決定した。










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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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